2013/02/15

留学記 パウスカートの巻


留学記 パウスカートの巻

Kahikina 市田弓子 Ku'upuakukuimaikahikina




私は2005年から2006年にかけてアンクルのフラを学ぶためハワイに留学しました。
その昔話をすこしづつ。。。

このスカートはハラウのアンティが私に縫ってくれたものです。
私は留学当初、英語→helloがやっと。
フラ→文字通りフラフラの初心者。
海外→2泊3日の韓国旅行のみ。のJapanese girlでした。

両親の大反対を押切り、勝手に仕事を辞め、留学を決め、ハワイに渡る飛行機のゲートをくぐった瞬間、後悔で(早すぎる)涙が止まらず、走ってゲートを戻ろうと本気で思ったのを今でも覚えています。そんな風で、ひどいホームシックにかかり、あの楽園ハワイで地獄の様な気持ちで毎日を過ごしていました。

ある日、アンティが気を使い、yumiko! 今日は学校で何したの?って話し掛けてきてくれました。
私はその日、語学学校で動物園に行って(幼稚園生か?笑)来たので、I went to the Honolulu zoo.とこたえました。
話してくれたのが嬉しくてもっと色々言いたかったのにそれがやっとでした。
それでもアンティはそれから話を膨らませ色々私に話し掛けてくれました。
帰宅してからそれが嬉しくて嬉しくて、泣きながらアンティに手紙を書きました。

話し掛けてくれてありがとう。
私、英語話せないからごめんね。
でもとても嬉しかった。
ホームシックで日本に帰りたい毎日だけど、もっと話せる様になったらアンティと沢山話がしたい。と。。。
つたない文章で。意味が正しく通じたかどうかも定かではありません。次のレッスンでアンティに手紙を渡し、アンティはその場で読んでくれて、泣きながら私を抱きしめてくれました。

そしてその次のレッスン。。。
アンティが作って来てくれたのがこのスカートです。
yumikoは一人じゃないのよ。覚えときなさい。
ククイがスカートに入ってるでしょ。あなたはこのハラウの子なの。

何回も、何回も、「忘れちゃダメよ、一人じゃないのよ。」とアンティは言ってくれました。
当時私は赤の無地のパウスカートを使っていてレッスン中に、みんなと反対向きに動いたりすると時々レッドスカートガールと呼ばれていました。
私はこのレッドスカート一枚で海を渡った(笑)のでいまでもこのレッドスカートも大好きです。
そして、今ではハラウにもハラウスカートが出来てこのスカート達も大好き。。
でも、何と言ってもこのククイのスカートは私の宝物。
大切な大切なスカートなのです。

Thank you auntie Dianne!! This is your story:)

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